ヴェスヴィオ火山の噴火とポンペイ消滅の史実

ヴェスヴィオ火山の噴火とポンペイ消滅の史実
西暦79年8月24日の正午過ぎ、ヴェスヴィオ火山は大噴火した。火口からの噴煙は上空30kmにまで及び、莫大な火山灰と火山弾がポンペイに降り注ぎ、数時間の内に町は火山灰に埋め尽くされた。火山雲によって太陽光は完全に遮られ、辺りが暗闇に包まれる中、溶岩と火砕流が押し寄せ、またナポリ湾で発生した津波によって数千人といわれる住民たちは一瞬の内に命を奪われた。

広島原爆の10万倍ともいわれる噴火エネルギーによって、山頂は吹き飛ばされ、600メートル以上が削り取られた。海岸線も灰で埋まり、港町だったポンペイは、その位置を内陸部に変えられてしまった。
ポンペイの所在は、1700年もの間、誰にも知られなかったが、1748年にナポリ王のブルボン家が発掘を始め、住宅や公共の建物が発見された。

1800年代初頭には、当時の道を歩きながら保存された建物を研究することができた。考古学者たちは、火山灰の堆積の中から発見された遺体によってできた空洞から犠牲者たちの石膏像を作り始め、伝説の都市は、散歩できるだけでなく、当時の人々の生活の様子を垣間見る事ができるようになった。
1997年、世界遺産に登録された。

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